サイバー攻撃を想定したBCP(事業継続計画)は、システムが止まったときに、どの業務をどう続け、どう戻すかを決めておく計画です。チェックリストの3-③で、立入検査で現物を確認される書類の1つです。
ゼロから作る必要はありません。厚生労働省の確認表で必要な項目を押さえ、診療所向けに短くしたひな形(静岡県医師会・静岡県や日本医師会のもの)を埋めていくのが近道です。
BCPに求められていること
チェックリストマニュアルは、3-③について次のように説明しています。
- 経営層は担当者と一緒に、非常時に業務を続けるかどうかの判断基準や、どの業務を続けるかの決め方を検討する
- そのうえで、サイバー攻撃の想定を含むBCPを整える
- BCPがあれば、攻撃を受けても重要な業務が止まらない、止まっても短い期間で再開できることが期待できる
あわせて、業者がBCPを作っているかも、事業者確認用のチェックリストで確認するよう求めています。業者が攻撃を受けて、サービスが止まる事案も多いためです。
そして、BCPを作っていても実際には運用できず、バックアップから戻せなかった事例も多いとして、訓練をしておくことが望ましいとしています。
小さな診療所なら、判断の目安はシンプルでいい
小規模な医療機関向けのガイドライン(保守委託機関編)は、BCPの考え方として、次のような整理を示しています。
- 短い時間の障害なら、一時的にシステムの利用を控える
- 数日以上続くなら、診療を縮小する、紙で対応する
何時間止まったら紙に切り替えるのか、誰がそれを決めるのか。この2つが書いてあるだけでも、いざというときの迷いは大きく減ります。
厚生労働省の確認表で、必要な項目を押さえる
厚生労働省は2024年6月に、BCPに最低限必要な項目を確かめるための「サイバー攻撃を想定したBCP策定の確認表」と、その手引き、ひな形を公開しています。
確認表は、攻撃の前から後までを5つの段階に分けています。
サイバー攻撃を想定したBCPの「5つの段階」
- 1平時機器の把握、連絡体制図、教育、バックアップと復旧手順を整える
- 2検知異常に気づき、決まった報告先に知らせる
- 3初動対応ネットから切り離して広がりを止め、業者・厚労省・警察へ連絡する
- 4復旧業者と一緒に、バックアップから戻して結果を確かめる
- 5事後対応漏えいの有無を報告し、再発を防ぐ手を打って共有する
- +止まっている間の診療紙カルテなど、業務ごとの代わりの方法を決めておく
確認表の冒頭には、過去の事例でつまずいた点として、次の3つが挙げられています。
- 初動対応が話し合われておらず、証拠の保全が不十分だった
- ネットワーク機器の配置が分からず、原因の究明に時間がかかった
- ランサムウェアでバックアップまでやられ、復旧が難航した
BCPを作るときは、この3つに答えが書いてあるかを意識すると、中身のある計画になります。
診療所は、短いひな形を使う
厚生労働省のひな形は「医療情報システム部門等におけるBCPのひな形」という名前のとおり、病院の情報システム部門を前提にしています。○○病院・部門責任者といった言葉が並び、診療所がそのまま使うには削る作業が必要です。
診療所には、次のひな形のほうが使いやすい分量です。
| ひな形 | 作った団体 | 特徴 |
|---|---|---|
| 小規模医療機関向けBCPのひな形 | 静岡県医師会・静岡県 | Wordで短い。別紙の連絡体制図・情報機器一覧とセットで静岡県のページに掲載 |
| 事業継続計画(BCP)ひな型(サイバー攻撃) | 日本医師会(実践ガイドの付録) | 院長を責任者とした6ページほどの構成 |
| 診療所用 業務継続計画(BCP)のひな形 | 日本医師会 | 災害が中心で、サイバー攻撃は電子カルテ停止時の1つの枠 |
静岡県医師会・静岡県のひな形の中身
静岡県医師会と静岡県のひな形は、次の3つの章でできています。
- 総則:目的、基本方針、対象とするシステム(電子カルテ・レセコン・画像システムなど)、想定する事象(標的型メール、不正アクセス、ランサムウェアなど)
- 体制整備:責任者(院長)と連絡体制図、情報機器の台帳、代わりの運用、バックアップの体制
- サイバーインシデント発生時の対応:初動対応(発見・報告、被害拡大の防止、証拠の保全と原因調査、外部への連絡)と、業務の継続(復旧の対応、診療できるかの判断と診療の形の決定)
チェックリストの連絡体制図(3-①)や機器の台帳(2-①)が、そのままBCPの別紙になる作りです。先に作っておけば、BCPの半分は埋まります。
埋める順番
ひな形を使う場合も、次の順で埋めると無理がありません。
1. 止まったら困る業務と、代わりの方法を表にする
厚生労働省のひな形には、業務ごとの代わりの手段の例が載っています。
| 業務 | 代わりの手段の例 |
|---|---|
| 診療録 | 紙のカルテで運用する |
| 処方・検査 | 紙の伝票(複写式)で運用する |
| 画像 | 撮影機器の端末で見る |
| 会計 | 未収として扱うことを検討する |
紙で運用するなら、紙の伝票や帳票を最新にして準備しておく、プリンタや用紙・トナーを用意しておくことも、手引きで例に挙げられています。
想定する「困りごと」を先に書いておく
厚生労働省のひな形は、BCPで想定する事象として、次のような状態を例に挙げています。
- 診療情報が確認・参照できない
- 診療情報が入力できない
- スタッフ同士で連絡がとれない
- 情報機器や医療機器が操作できない
原因は、不正アクセス、標的型メール、ランサムウェアなどのウイルスです。「何が起きたら困るか」を先に書いておくと、代わりの方法の表が埋めやすくなります。
2. 何時間止まったら切り替えるか、誰が決めるかを書く
先ほどの保守委託機関編の考え方にならって、短時間なら利用を控える、長引くなら紙に切り替えるという基準を、自院の言葉で書きます。判断するのは院長、不在なら代理の人です。
3. 気づいたときの最初の動きを書く
日本医師会の診療所用BCPの記載例では、電子カルテや請求システムが止まったときの対応として、次のことが挙げられています。
- 感染が疑われるパソコンやサーバを、LANケーブルを抜く、Wi-Fiを切るなどして通信から切り離す
- パソコンは原則としてシャットダウンしない(記録が失われるため)
- 業者・保健所・警察・個人情報保護委員会へ連絡し、厚生労働省の初動支援(MIST)にも相談する
連絡先は連絡体制図にまとめておき、BCPには「別紙の連絡体制図に従う」と書けば足ります。
広がりを止める順番
厚生労働省のひな形は、被害の拡大を防ぐために切り離す順番を、次のように示しています。
- まず、バックアップにつながるネットワークを遮断する(バックアップまで暗号化されるのを防ぐ)
- 外部との通信経路を遮断する
- ネットワークの区切り(セグメント)の境目で遮断する
診療所では、どこを抜けば切り離せるかを業者に聞き、ケーブルやスイッチの場所を写真つきでBCPに貼っておくと、当日の判断が速くなります。
4. バックアップと戻し方を業者と決める(3-②)
チェックリストの3-②は、診療を続けるために必要な情報を決め、バックアップをとり、戻し方を確認していることを求めています。戻し方は、BCPの中に書くのも1つの方法です。
- 重要なファイルは、複数の方式で、何世代か残す(毎日とるなら3世代で3日分)
- 3世代目以降はネットから切り離した状態で保管するのが望ましい
クラウド型の電子カルテなら、バックアップや復元は業者に頼む前提になります。業者が何世代残しているか、戻すのにどのくらいかかるかを確認して書き込みます。
5. 年に1回、訓練して見直す
ガイドラインの経営管理編は、BCPがすぐに実行できるよう、定期的に訓練・演習を行うよう求めています。
大がかりな訓練でなくても構いません。たとえば休診日に、「電子カルテが止まった」と仮定して、紙の伝票で受付から会計までを1人分通してみるだけでも、足りないもの(用紙、手順、連絡先)が見つかります。
診療報酬の施設基準のBCPとの関係
令和8年度の診療報酬改定で、機能強化加算や在宅療養支援診療所などの施設基準に、BCPの策定が加わったと日本医師会が案内しています(令和9年5月31日まで)。厚生労働省の疑義解釈では、日本医師会の診療所用のひな形を参考にしてよいとされています。
こちらは災害を含む全体のBCPの話で、サイバー攻撃専用ではありません。日本医師会のひな形は、災害のBCPの中に「電子カルテや請求システムが停止している場合(サイバー攻撃を含む)」という枠を設けています。
1冊にまとめる場合も、チェックリスト3-③の「サイバー攻撃の想定」が書かれているかは、上の5つの段階に照らして確認しておきます。
今日やること
- 静岡県のページから小規模医療機関向けのひな形をダウンロードする(日本医師会の会員なら実践ガイドの付録も使える)
- 止まったら困る業務と、代わりの方法の表を先に作る
- 業者に、バックアップの世代と戻すのにかかる時間を確認して書き込む
ここまでできれば、3-②と3-③は「はい」に近づきます。最後に、BCPがあることを運用管理規程に書いておきます。



